春名るなというアーティスト

樹海といえば

モデルとしても活動していた

Fate/zeroで最後、世界観を題材にした楽曲を歌い上げている歌手はこちらもアーティストとしては新人となる『春奈るな』さんだ。こちらの方も突如として新人を起用したのかと言いたくなるが、その前にCS放送で行われたアニソンデビューを目指した公開オーディションにて準グランプリを獲得したという経緯がある。そこから晴れてプロとして活動していくことになったわけだが、それでもFateという作品とコラボできたことは大きな強みだろう。

ただ春奈るなさんに関しては歌手としてではなく、モデルという側面のほうが印象が強いと感じている人もいると思う。住み分けているわけではないが、本人も元は歌手になりたかったと話している、それもアニソンとしてのだ。2クール目のFate/zeroが放送されていた頃にはいつの間にかオタク文化が一般層にも浸透しているという、面白いことになっており、多くの芸能人が言っては何だがにわかを語る人々が増加していくという嫌な側面もあった。誰が本当にどれだけ好きなのかなど見分けはつけにくいが、ただ春奈るなさんに関しては元からがちなのかもしれない、なんて思ったりもするが、ここでは彼女個人の事はそれほど触れることもないだろう。問題はやはり、実際に披露した楽曲がFateの世界観と合っているかどうかだ。

今更感満載だが、ここまで紹介した楽曲のイメージや世界観との適合に関してはあくまで個人的な考察から分析しているものとなっている。そのため共感できないという人もいるかもしれないが、一意見として聴いていて貰えればそれで十分だ。ここでも筆者独自視点から見る、春奈るなさんという歌手がEDとして起用された『空は高く風は歌う』が、Fate/zeroの世界をどのように表現しているのかについて見ていこう。

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ヒロイン視点で描かれている

Fate/zeroという作品は最後には誰も救われない結末が待っていると話したが、それ以上に悲しいのはヒロインが物語が始まって早々、最終的に死する運命であるという点だろう。それを理解した上で作品を見ていくと、悲壮な運命でありながらも主人公とともに理想を求めて戦いへと身を通じていく真摯な姿は健気過ぎる。だが最終的には彼女自身も主人公によって結果的に裏切られることになる。もちろん彼女自身がというわけではないが、求めた先の願いを手に入れる寸前まで来ながら理想を求めた先に待っているのは今まで以上に過酷で残酷で、絶望的な世界を創りだすこととなる儀式だった。

予期しない結末が待ち構えている、それを回避するためにも全てを投げ打ってまで、尊いものまで犠牲にしながらも最後には正しいことをしたはずだったにも関わらず、正義を求めただけの結果で主人公は多くの人間を死なす元凶を作り出してしまうのだから、誰も救われない。

空は高く風は歌うはヒロイン視点で表現されている楽曲となっているが、それはヒロインがまだ意思を持たない人形だった頃から始まり、主人公から教えられる外の世界の情報を教えられることで人間らしく、彼を支える妻として清廉とその身を捧げていた。この作品の結末を見た後の作品初回を改めて見返すと、EDの儚い願いながらも理想を追い求める姿にどこか胸撃たれる作品となっている。それだけ後で待っている理想が完膚なきまでにぶち壊される破滅も相当精神的に来るわけだが。これは事前に結末を原作で知っていたとしても、いざ映像として見せられると改めてキツい。

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zeroからstay nightへ

こうして物語は終幕を迎えることになるが、その最終回にのちに主人公としてstay nightにて活躍することになる『衛宮士郎』が登場する。zeroの主人公が引き起こした大災害により両親を失い、帰る場所も失った士郎を主人公が養子として引き取ることになる。そしてそれから穏やかながらも時間を過ごすことになるが、その中で主人公は士郎の価値観に大きな影響をもたらす。

それは主人公が成すことの出来なかった正義を、士郎が実現してみせるというものだった。それを咎めこそしないが、正義を追求しても理想を現実にすることは出来ないと自らの顛末を踏まえて士郎を諭す。ただそれでも自分が追い求めて手に入れられなかったものに関して士郎という義子へ託すことが出来たことは、この作品における唯一の救いだったのかもしれない。最終回直後に流れてくる楽曲、ここでは春奈るなさんではなく。KalafinaがOPである『to the beginning』が流れてくる。それは本当の意味での始まりであり、後に続く物語への前奏曲でしか無かったことを改めて思い知らされる。

そして物語はzeroからstay nightへと引き継がれていくこととなる。

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